人生ゲームって、楽しむよね?

沸騰しなかった文鳥

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1. 0秒で沸騰する小宇宙

美しい瞬間湯沸かし器、文鳥。

初対面の人間という「脅威」に対し、彼らは生存本能というプログラムを瞬時に爆発させる。

騒ぐ、あるいは噛みつくなど。

それが文鳥界の正解であり「生存」をかけた叫び。

もし、彼らが一瞬で沈黙したとしたら、そこにはどんな「バグ」が発生したのか。

「珍しい、他の人ならもっと反応があるはずなのに」

私の指上で大人しくする愛鳥を見て、知人は不思議そうに呟いた。

2. 観測者モード

知人の目には文鳥に「好かれた」ように映ったのかもしれない。

だが、私の内側で走っていたのはもっと冷徹なもの。

プレイヤーであることを辞め「観測者モード」の起動。

懐かせたいというエゴも、噛まれたくないという恐怖も、すべて画面外にパージ。

ただの「風景」へと。

3.「食われる」という絶望の淵で

文鳥が沈黙したのは、信頼ではないかもしれない。

圧倒的な捕食者の気配に、抗うことを諦めた「フリーズ」だった可能性もある。

あるいは、こう考えたかもしれない。

こいつは敵ではないようだ、かといって仲間でもない。

ならば最低限の儀礼をこなしつつ、いつでも飛び立てる余白を残しておこうと。

彼は、私の指に「よそよそしく」乗った。

そこにあったのは好奇心ではなく、生存戦略としての停戦協定。

互いの境界線を侵食せず、均衡を保つ。

それは、一種の冷たく美しい「外交」だった。

4. 観測者が書き換える世界

もし、私が文鳥をコントロールしようとすれば、その瞬間に静寂は壊れ、お湯は沸騰していただろう。

「観測者」に徹したことで、彼は自分をさらけ出す必要が無くなったのだ。

これは、人生ゲームにおいても同じことが言える。

私たちがボタン連打を辞め、世界のアルゴリズムを眺めた瞬間に、目の前の問題は沈黙する。

5. 静寂の翻訳

文鳥は私を信頼したわけではない。

その場の均衡を崩さないという「合理」を選んだだけ。

私たち人間に必要なのも、このよそよそしいまでの静かな共存なのかもしれない。

最後に

私もこの深い紺色の空間で、見えてしまった地図を書き残していこうと思う。

宇多田ヒカルが深い水の底で一人、世界の呼吸を歌にしたように。

おまけ

文鳥は健康的でバランスの取れた食事をしていると考えられます。

ミックスシード(穀物)、ペレット(完全栄養食)、水など。

もちろん、与えすぎていなければですが。

私たちが食べられる身近な物に置き換えてみました。

健康に興味ない人なんていないよね?




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この記事を書いた人

人間としての香りを楽しむ、筆者独自の視点、メタ思考などを書き残していく。