最近、家電量販店でアイツと目が合った。
縦型の乾燥機能。
君は、誰のためにそこにいるの?
ドラム式みたいな「何でも任せて」っていう包容力があるわけじゃない。
かといって、「洗うことだけが生きがいです」っていう清々しさもない。
ヒーターで熱く語るけど、シャツの仕上がりは…。
電気代はちゃっかり請求してくるし。
これって、「一人になるのが怖くて、ダラダラ付き合ってる恋人」みたいな。
1. 重たいお守り
みんなどこかで気づいてるはず。
「縦型で乾燥までこなすのは、ちょっと無理があるよね」って。
でも、メーカーはスペック表に「×」を載せる不安がある。
私たちも、「必須じゃないけど、ないと不安だよね」と。
どっちつかずで、時間だけが過ぎていってしまう。
限られたスペースに、 煮え切らない関係をいつまでも置いておけないよね?
2. 誰が悪いわけでもない
スペースがないなら、「洗うだけ」に振り切るのもアリじゃない?
あるいは、壁を叩き割ってでも、愛せるドラム式を迎え入れるとか。
でも、縦型乾燥を責めるのも違うよね?
「物理的な制約」と、「捨てきれない執着」が生み出した、悲しき子なのだから。
どっちつかずを「卒業」するのは、 誰のせいとかじゃないと思う。
「偽りの安心は、もう無くても平気だよ」っていう、 最後の手紙。
それって、誰も傷つかない成長だと思うんだ。
3. 成長という名の解放
「便利そう」と「便利」の間には、深い川が流れてる。
そこへ、不安という名の「呪い」を流しちゃおう。
誰を幸せにしているか分からない、から解放されよう。
「手放さなければ、見えてこない自由がある」。
それが、自分を愛すること。
そんな、気がする。
悩まない人なんていないよね?
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